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大阪地方裁判所 昭和34年(わ)1889号 判決 1962年5月08日

被告人 大石七郎 外九名

主文

被告人奥谷諸兄、同中谷恒男、同西川富雄、同松井勇を懲役四月に、

被告人山崎博、同森垣隆を罰金五、〇〇〇円に、

各処する。

被告人山崎博、同森垣隆につき、右罰金を完納することができないときは、金二五〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

被告人奥谷諸兄、同中谷恒男、同西川富雄、同松井勇に対し、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人枝広悟、同前田幸雄、同松田邦雄、同後藤正、同信貴知祥、同荒井広(第一三回公判の分)、同番匠七平、同高野武雄、同三谷可治、同鮫島孝郎、同高田実夫、同村上晴男、同益田俊子、同野村盛一、同北川与三、同萩原豊三郎、同永井利男に支給した分は、右被告人六名等の連帯負担とする。

被告人小坂貢、同大石七郎、同河野耕三、同塩田吾一は無罪。

公訴事実中

被告人松井勇の、被告人山崎博等と共同して後藤正に対し暴行を加えたという暴力行為等処罰に関する法律違反の事実、及び被告人大石七郎、同塩田吾一等と共同して阿万敏平に対し暴行を加えたという暴力行為等処罰に関する法律違反の事実

被告人山崎博の、被告人松井勇等と共同して前田幸雄、及び松田邦雄に対し暴行を加えたという暴力行為等処罰に関する法律違反の事実、

はいずれも無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人奥谷諸兄は全国税労働組合中央執行委員、同中谷恒男は同組合近畿地方連合会書記長、同西川富雄、同松井勇は同組合近畿地方連合会執行委員、同山崎博は同組合東大阪支部書記長、同森垣隆は同組合東大阪支部執行委員の職にあつたものであるが、被告人奥谷諸兄、同中谷恒男、同西川富雄、同松井勇、同山崎博、同森垣隆等は、昭和三四年五月一日午後二時頃、約一〇〇名位の全国労働組合員(以下単に全国税労組員という)等と共に、同日行われたメーデー解散後の抗議行動として、勤務評定問題、休暇制限問題(南税務署勤務の益田俊子が当日のメーデー行事に参加するのを、同署徴収第一係長信貴知祥が阻止したとの問題)の抗議等のため、大阪市南区高津町七番丁二番地南税務署に赴いたが、その際、

第一、被告人奥谷諸兄は、右集団の先頭に立つて同署に到り、同署内に立入ろうとしたが、同税務署玄関入口附近において、応待に出た同税務署徴収第一係長信貴知祥、同総務係長高野武雄等から、来訪の用件を尋ねられ、二、三問答の最中、信貴知祥の手が押入ろうとする同被告人を止めようとしてその肩に触れたことから、同被告人は「こゝに信貴係長がいるぞ」と叫びながら右信貴知祥の胸倉を掴んで同署一階電話交換室前壁際に押しつけ、更に続いてなだれ入つた多数の全国税労組員と共に、同人を一階事務室に引張り込んだ。

右のように信貴知祥が一階事務室に連れ込まれるや、之を見た被告人西川富雄、同森垣隆は、他二十数名の全国税労組員と共に、被告人奥谷と意思を通じ共同して、右一階事務室内の右信貴知祥を取囲んで、同人の足を蹴り、胸や腰を手で小突いた上、同人を同事務室内所得税三係の机の上に押し上げ、携帯用拡声器を同人の耳もとに突き付け「メーデーに職員の行くのを拒否したのはなぜか、今晩中お前をつるして上げてやる」等と大声で怒鳴り乍ら、身体を小突き、更に、被告人西川同森垣は、他数名の全国税労組員と共に信貴知祥を二階事務室徴収第一係長席に連行し、同所において、被告人西川は右信貴知祥の足を踏みつけ、被告人森垣は腰掛けている信貴知祥の膝の上に乗つてゆさぶる等の暴行を加え、もつて多数の威力を示して数人共同して暴力を加え、

第二、一、その間、抗議に来た全国税労組員の大多数が同税務署一階事務室に入り込み、同事務室は混乱状態に陥ち入つたので、右全国税労組員の退去を求めるため、大阪国税局から応援に来ていた同局総務課長後藤正及び同課々長補佐前田幸雄並びに南税務署会計係長松田邦雄は、同日午後二時四〇分頃同税務署一階事務室内に入り、そのうち松田邦雄が所得税三係の机附近で、全国税労組員等に南税務署長名義の退去要求書を提示するや、被告人松井勇は右退去要求書を掴み取つて床の上に投げ捨て、これを拾おうとした右松田に対し、他の全国税労組員十数名と共に、同人の手や腰を足蹴りし、

二、更に松田邦雄が退去要求書を拾い上げ再びこれを掲げたところ、被告人松井がこれを掴み取つて全国税労組員永井利男に渡したので前田幸雄がそれを奪い返そうとしてその一部を千切り取ると、被告人松井他十数名の全国税労組員は「この前田の野郎叩き出せ、けしからんやつちや」等と怒号しながら同人の腕や胸倉を掴んで同事務室入口の方向に押し出し、同事務室資料係長席附近の椅子と共に床の上に転倒せしめた上、右事務室より廊下を経て玄関口まで押し出す等の暴行を加え、

三、右のように前田幸雄が、被告人松井勇等から暴行を受けている間に、被告人山崎博は、他十数名の全国税労組員と共に、前記のように、一階事務室所得税三係の机附近で、全国税労組員に対し、口頭で退去要求をしていた後藤正を取り囲み、一階事務室階段附近まで押して行き、同所の壁際に押しつけ、身動きできないようにして暴行を加え、

もつて多衆の威力を示し数人共同してそれぞれ暴行を加え、

第三、前記のように、南税務署徴収第一係長信貴知祥が、抗議に来た全国税労組員から暴行されるのをみていた同署総務課長枝広悟は、事態を収拾し混乱を治めるため全国税労組員に対し、自分が話を聞くからといつて同税務署玄関側の公衆溜附近の長椅子に腰掛けたので、被告人中谷恒男は他十数名の全国税労組員と共に同人を取囲んで「署長は何処か、会議室は空いていないか」等交渉するに至つたが、前記のように被告人松井等に玄関口まで押し出された前田幸雄が再び署内に引返し右交渉に加わつてくると、被告人松井も被告人中谷等に加わつた上で、被告人松井、同中谷の両名は、他十数名の全国税労組員と共に、右枝広、前田に対し「メーデーの休暇を制限したか、勤評はどうか」等と怒号し、両名のネクタイを引張り、あるいは両腕や肩を押えつける等の暴行を加え、もつて多衆の威力を示して数人共同して暴行を加え、

第四、前記のように、南税務署内で全国税労組員による暴力事犯も発生し、同税務署内が混乱に陥ち入り、執務も不可能な状況になつたので、同日午後二時四〇分頃、同税務署会計係長松田邦雄が同一階事務室内において同署署長名義の退去要求書を掲げて退去を要求する旨を告げ、更に同五〇分頃同署所得税第一係長吉田末男も前同様一階事務室内で同署長名義の退去要求書を掲げ、その間、同署徴収第三係長番匠七平及び総務係長高野武雄が署内のマイクを通じ、同署階上階下の全国税労組員に対し、同署内から退去するように求めたのにもかゝわらず、被告人奥谷、同中谷、同西川、同松井、同山崎、同森垣は、故なく同日午後三時三〇分頃まで同署内から退去しなかつた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人等は、本件公訴事実中、大阪市南税務署における被告人等の行為は(但し後記被告人小坂、同松井、同山崎について無罪と判断した部分を除く)、同税務署長に対する団体交渉の際行われたものであつて、その目的手段において、労働法上許された正当な行為であると主張するので、この点について判断する。

(前略)右の事実によれば、前記被告人等が全国税労組員等と共に、南税務署に赴き、同署々長(またはその代理人)に対し、勤務評定について団体交渉に応じるようにした上で組合側の意向を伝え、また労務管理の改善を要望し、あるいは益田俊子のメーデー休暇制限の事実を確め、場合によつてはその処置に対し抗議しようとして、そのための団体交渉に応ずるように説得し、署側と団体交渉に入らうとすることは、相当な手続を踏んでなされるならば、当然許されるものと解するのが相当である。

(もつとも、検察官は、人事院規則一四―〇により国家公務員法第九八条第三項の交渉ができるのは人事院に登録した職員団体に限られておるところ、被告人等の組合は登録を却下されているので法的には全く交渉権限はないのであり、従つて当局側としても何等之に応ずる義務はない。しかも同規則によると交渉は機関の長が適法に決定し及び管理する事項に限らなければならないのであるから、凡そ税務署長は勤務評定を廃止するとか、全然実施しないとかについては全く交渉する権限は有しないものというべく従つて抑々被告人等が斯様に交渉を強要するのは全く独断な行為とも言うべきであると、主張する。そして前記認定のように、人事院が昭和三四年三月頃、全国税労働組合の登録を拒否したのは一部非職員が組合役員となつて組合に加わつていることにあつたことは明らかである。しかし(イ)国家公務員法第九八条第二項は、単に、職員は組合その他の団体を結成し、若しくは結成せず、又はこれに加入し、若しくは加入しないことができると規定しているのみで、直接職員のみで団体を構成し、非職員をその構成員としてはならないとの禁止規定はない。およそ、憲法上保障された勤労者の団結権を受けて、右の如く国家公務員法第九八条は、その職員が団体を結成し、その勤務条件に関し団体交渉しうることを明らかにしたものであるが、その団体の組織については、職員を中心とし、その組織運営上、職員の自主性が失われないで、職員のためその勤労条件に関し交渉しうる限度のものであれば足り、その団体運営が円滑に行われるに必要な範囲内で非職員をその組織に包容することは許されるものと解するのが相当であり、右国家公務員法第九八条の趣旨も右のように解するのが相当である。(ロ)また人事院に対する公務員の職員団体の登録は、その職員団体が自主的、民主的に組織構成されたことを公表するための制度にすぎず、職員の団結権を制限するものではないと解するのが相当である。(ハ)そうだとすれば、右のように、人事院が、全国税労働組合に対し、非職員が組合に加わつていることだけをもつてその登録を拒否したことは不当な処置というべく、又右人事院に対する登録がないからといつて同組合に、当局側に対する関係で、法的に全く交渉権限がなく、反面当局側も何等これに応ずる義務がないとするのは許されないと解するのが相当である。(ニ)のみならず、税務署長自身勤務評定を廃止し、あるいは実施するについての決定権のないことは明らかであるが、勤務評定そのものが職員の転勤、降昇給等勤務条件と密接な関係にあるから、それについては、当該税務署職員が、その評定権者である署長にその実施自体、あるいはその実施方法等につき組合の意向を伝え善処するよう要望するため署長と交渉をもつことは許されるべきものと解するのが相当である。(ホ)従つて右人事院規則に定める様な合理的な手続を踏んで為されることは必要であるが、検察官が主張するように、全国税労働組合が勤務評定問題について当局側の署長に交渉に応じるよう説得する行為自体すでに違法なものと解することはできないのであり、右主張は採用することはできない)

しかし、南税務署に到つた組合側が、署長ないしその代理人に対し、同署に来た理由を説明し抗議をなし、あるいは交渉に入りうるような何等の手段方法も取らないで、前記の如く、応待に出た信貴知祥と二、三問答の後、数十名の者が署内になだれ込むと共に、同人に対し判示認定のような暴行に出、しかも組合に対し、話を聞こうという同署々長代理枝広悟に対しても多衆で取囲んだ上で前判示認定のような暴行に及び、その間前示認定のように、松田邦雄、前田幸雄、後藤正等に暴行を加え、そのために同署内は混乱に落ち入つてしまつたのであつて、このように組合側が一方的に暴力の所為に出ずることは、もはや、前記抗議ないし団体交渉の目的とは何等関係のない行為と謂うの外なく、労働法上労使間の団体交渉あるいは抗議交渉に許された手段の限界をはるかに逸脱したものであり、また当時の状況からみて被告人奥谷、同中谷、同西川、同松井、同山崎等は、それぞれその行為の違法性を十分認識しえたものと解するのが相当である、ゆえに、本件判示各所為は、労働法上許された正当な行為ということはできない。

もつとも弁護人等は、前記のように、当時国税庁側は、全国税労働組合が人事院でその登録を拒否されたため、それを理由に団体交渉に応じようとしない態度を堅持しており、右態度は違法なものであり、このような違法状態のもとにおいて、当局を団体交渉に応じるように説得するためには、通常許された行為の限界をはるかに越えた手段をとりうるものであり、本件は将に、それに当る場合であると主張している。しかし組合がその主張する様な状態におかれ、且つ従来当局が全国税労働組合に対し取り来つた態度を考慮に入れても、なお、組合自らが交渉し、あるいは相手方を正常な交渉に応じるよう説得しようという態度が見えず、いきなり七、八十名の者が署内になだれ込み、判示のような暴力事犯に及んだ本件の場合には、到底判示認定の所為の違法性を阻却するということはできないと解するのが相当である。従つて弁護人のこの点についての主張は採用することはできない。

なお、右のように被告人等が署内において、団体交渉に必要な行為とは別個のいわば無目的な違法行為を行いそのために署内の秩序が混乱し、執務に支障をきたすような状況にあつたのであるから建物管理権者である署長ないしその代理人が、違法行為を発生せしめ混乱に陥し入れた被告人中谷、同奥谷、同西川、同松井、同山崎、同森垣等に対し、同署内から退去を求めることは正当な事由による退去の要求であると解することができ、これに応じなかつた右被告人等につき不退去罪の成立することはいうまでもない。

(法令の適用)(略)

(無罪に対する判断)

第一、南税務署事件関係

一、被告人小坂貢に対する公訴事実の要旨は、

「被告人小坂貢は約一〇〇名の全国税労組員等と共に、昭和三四年五月一日午後二時頃、大阪市南区高津町七番丁二三番地南税務署に到り、口々に何故メーデー参加をとめたか、勤評をどうするか、等と叫びながら同署内に入り込んだ上、

(一) 同署玄関口において、大阪国税局考査課々長補佐荒井広を認めるや、同玄関下の石段に集まつていた他十数名に「こいつが荒井課長補佐だ」と申向け乍ら他数名と共に同課長補佐の背部を突き、右階段下まで突き落すなどの暴行を加え、もつて多衆の威力を示して数人共同して暴行を加え、

(二) 前記の如く南税務署内を混乱させたため、同日午後二時頃、南税務署長代理総務課長枝広悟より直ちに同税務署外へ退去すべき旨の要求を受けたのに拘らず、故なく同日午後三時三〇分頃まで同署内より退去しなかつた」ものである。

というにある。

弁護人等は右(一)の事実につき(中略)、(二)の事実については不退去罪に当らない、すなわち正当な組合の団体交渉のうちに行われたものであるから不退去罪を構成しないと主張するのでこの点について判断する。

(1) まず(一)の事実について判断する(省略)。

(2) 次に(二)の事実について判断する。

前記認定のように被告人奥谷、同中谷等が南税務署内で暴行の所為に出たため、退去要求書が出され、退去要求の署内放送もあつたのであるが、被告人小坂の供述によれば、当時同被告人は病気回復後間もないときで、積極的に本件行動に関与し或は労組員等を指揮するというようなことはなかつたし、前掲各証拠によれば、被告人小坂が同署内において特に署側の者に対し暴力を振い積極的に行動したということも見当らない(もつとも、第一一回公判調書中証人後藤正の供述によれば、同被告人が同証人の側で他の労組員等と共に、二、三野次をとばしていたことは窺われる)、また同日午後三時五分頃の警察官の実力行使により他の労組員大多数と共に、何ら抵抗することなく署外に押し出されたことが認められる。

右の事実によれば、被告人小坂は、署内において、単に二、三野次を飛ばした程度で特段の行動もしておらず、また暴力を行使した被告人等と事前ないし現場において共謀したという事実も見当らないし、警察官の実力行使と共に他の大多数の労組員と署外に出ているのであるから、本件全行動からみると単なる附和随行的行動に止まつていたと解することができる。

ところで、前記認定のように、同日午後二時四〇分頃、第一回の退去要求がなされ、三時五分頃警察官の実力行使が開始され、同被告人が署外に押出されるまでの間約三〇分位の時間が経過しているのであるから、その間署内にいた全国税労組員全員につき、不退去罪が成立しうるかのように見えるが、実質的に右行為を見るとき、単に集団に附和随行し、消極的な行動に終始した者で、警察官の実力行使と共に押し出されたような格好で、何ら抵抗することなく署外に出た者までも、署内で暴力を振い、あるいは秩序を積極的に破壊した者と同一視して不退去罪に問擬するのは妥当でなく、右のような附和随行者の場合における前記認定程度の不退去の所為は未だ不退去罪として処罰に価する程度の違法なものではないと解するのが相当である。

したがつて被告人小坂の右のような行為の程度では未だ不退去罪は成立しないと解するのが相当であり、また本件全証拠を検討するも被告人小坂が不退去罪を犯したと認めるに足る証拠はないから、犯罪の証明がなかつたことに帰する。

(3) (省略)

二、(省略)

第二、此花税務署事件関係

被告人大石七郎、同松井勇、同河野耕三、同塩田吾一に対する公訴事実の要旨は、

「被告人大石七郎同松井勇、同河野耕三、同塩田吾一は、他数十名の全国税労組員、此花商工会員等と共に、昭和三四年五月一四日午後一時頃、大阪市此花区四貫島大通り一丁目一〇番地、此花税務署に到り、同署々長阿万敏平に勤務評定話合い、事後調査などを名目として面会を要求していたが、同日午後三時頃、同署長より代表者に限り面会する旨連絡を受けるや、全員が同署会議室に入り込み、右署長を取囲んで怒声を浴びせ、混乱するに至つたので、同署長が面会を拒否し、同会議室より退去せんとするや、

一、被告人大石、同松井、同塩田は、他数名と共に交々「署長を逃がすな」などと叫び乍ら、右阿万敏平を取囲み、そのネクタイや腕などを掴んで引張り、或は身体を突き飛ばすなどし、以て多衆の威力を示し数人共同して暴行を加え、

二、被告人大石、同河野は、他数名と共謀の上、前記会議室において、前記阿万署長を助け出そうとしていた同税務署直税課所得税係長森本昇の両腕を掴んで引張り、或は肩や胸を突き飛ばすなどしてその場に転倒せしめ、因て同人に対し、治療約一〇日間を要する左背部挫創を与え、

三、被告人大石、同河野、同塩田は、前記の如く、同税務署内を混乱させたため、同日午後三時一〇分頃、此花税務署長阿万敏平より直ちに同税務署外へ退去すべき旨の要求を受けたのに拘らず、故なく同日午後三時三〇分頃まで同署内より退去しなかつた。

ものである。」

というにある。

弁護人は、一の事実について起訴状記載のような所為はなく、会議室より退去しようとした署長を制止したに過ぎず、当時の状況からみればこの程度のことは労働組合の団体交渉に必要な行為であり、したがつてそれは労働法上許された正当な行為である。この事実については、森本昇に対し誰れが暴行を加えたかわからないのみか、傷害自体がなかつたのである。三の事実については本件程度では末だ不退去罪を構成しない、と主張するのでこれらの点について判断する。

一、まず右公訴事実一、三の事実関係について判断する。

(証拠省略)によれば次の事実が認められる。

すなわち、被告人大石七郎は全国税労働組合近畿地方連合会執行委員、同河野耕三は、同組合北大阪支部豊能分会書記長、同塩田吾一は福島商工会事務局長の職にあつたものであるが、被告人大石、同河野、同塩田、同松井は、昭和三四年五月一四日午後一時頃、他五、六十名の全国税労組員、此花商工会員等と共に、此花税務署に赴き、全国税労組員は階下事務室に、此花商工会員等は二階事務室にそれぞれ集合し、同署々長阿万敏平に、勤務評定問題、事後調査等の問題で団体交渉に応じるよう要請し、その間同署総務課長松尾貞重、同直税課長立石義雄等が、組合、商工会側と事前交渉を重ね、結局同署長は午後三時頃から、先づ全国税労組員と三〇分、次で此花商工会員等と三〇分その交渉に応じることになり、会場は同署一階会議室を使用することになつたこと、但し、その交渉の順序については、組合側を先にするが、そのかわり組合側が責任をもつて商工会側と話し合い了承を得ておくように組合側の責任者清水鏡二に伝え、同人もこれを承諾したこと、そこで阿万署長は、同日午後三時頃、右交渉の為に、前記松尾、立石両名の外、森本昇を従えて右会議室に赴いたこと、

(一) ところが会議室には全国税労組員の他、此花商工会員も多数おり、当初の約束と違つていたので、阿万署長がこれでは約束が違うから商工会の人は外に出てくれと一、二回いつたところ、十二、三名の商工会員が外に出たが、なお商工会員が会議室に残つていたので、二、三分後に、同署長が「これでは約束が違うから交渉に応じられない」といつて会議室から退場しようとしたこと、そこで被告人大石、同松井、同塩田等は、せつかく団体交渉に応じるように署長を説得し、会議室に署長がでてきたのに、右のような事由で交渉に応じないとされることは、署長に団体交渉に応じようとする誠意がないし、又この機会を逸すれば、同署長と団体交渉をする機会がいつもてるかわからないものと考え、とにかく、もう一度考え直し、商工会員を会議室から出した上で、組合側と交渉に応じて貰えるようにするため、署長に対し、商工会の人は外に出るといつているからしばらく待つてくれるように頼んでいたこと、この間此花商工会々長室井平壊は、商工会の人は外に出るようにと大声でいい、二、三の者が、更に外に出るような気配があつたこと、しかし、阿万署長は、右の説得には耳もかさず、興奮状態となつて、たゞ室内を右往左往して、室内から外に出ようとしたので、被告人大石、同松井、同塩田等は、同署長の肩や腕を押え、ネクタイを掴み、あるいは他の組合員等と共に行く手に立ち塞がる等、同署長を取囲みその行動を制肘しながら話し合いに応じるよう更に説得していたこと、

(二) その間森本昇が、会議室で突然痛い痛いと叫んで倒れたこと

(三) その後、同署長名義の退去要求書が同日午後三時一〇分頃、同会議室に掲げられたこと(もつともこれは組合員にすぐ取られてしまつた)その後間もなく署長は被告人等全国税労組員の手からのがれて、会議室入口の衝立の破れ口から室外に出たこと、そこで労組員、商工会員等も続いて同会議室から退去し、同署裏庭に三、三、五、五集まるようになつたこと、そこえ同日午後三時三〇分頃松尾総務課長が退去要求書を掲げにやつて来、更に一〇分位して立石直税課長も退去要求書を掲げにやつて来、いずれも同所で、同署長名義の退去要求書を掲げ門外えの退去を要求したこと、一方組合側は、事態収拾のため代表数名を選び、同署長に面会を求めるため右代表が同署内に入つていつたこと、他方裏庭に残つた組合員等は団結を誇示する為、労働歌を合唱していたが、その間特に喧噪をきわめそのため署内の執務に支障をきたすような状況が生じ、或は暴力事犯が発生するような状態であつたと認める証拠はないこと(この点、特に現場写真九葉参照)その頃署側の要請で警察官が同署に到り、右裏庭の労組員に五分間の猶予を与えて退去を求め、これに応じなかつた組合員等を門外に実力で押し出したことが認められる。

二、そこで右行為につき、弁護人主張の点を判断する。

(1) (一)の事実(公訴事実第二、一の事実)について、

右の事実によれば(イ)被告人等が当日此花税務署に赴き、署側と接渉の上、午後三時から会議室で阿万署長と交渉を持つことになつた経過については、別段違法行為は認められないから(被告人塩田等が執務中の二階事務室で演説を行つた等、多少行き過ぎの点はあるけれども、右認定を左右する程度ではない)右交渉は正当な手続の下に、両者が合意したものと解すべきである。(ロ)しかし全国税労組及び此花商工会員側は交渉順序に関する署側との約束を忠実に実行せず、(少なくとも全国税労組側は此花商工会との連絡不十分のまま)多数の此花商工会員等と全国税労組員とが同時に会議室に入つたのであり、この点組合側の非は十分責められてしかるべきである。(ハ)他方署側の態度をみると、会議室において、阿万署長は右状況を認めるや直ちに自ら商工会員の退去を求めたが、之を聞いた商工会側の役員もその旨会員に伝え、十数名の商工会員が室外に出、なお続いて退去の気配があつたのにもかゝわらず、阿万署長は之を無視し、形式的に、退去を求めたのみで、実際上組合と交渉に入れるような処置にでることなく、また当時の状況としては、署長がその処置に出れば、十分にその成果をあげ組合側、商工会側と別々に三〇分宛交渉しうるような状況になり得る見込があつたものと解されるのにかゝわらず、一方的に席を立ち、室外に出ようとしていたずらに室内を右往左往していたのであるから、阿万署長の態度も余り誠実であつたともいえない。(二)そして被告人大石、同塩田、同松井等は他の労組員と共に、退去しようとする同署長を説得し在席せしめるため前記認定のような所為に出たのであり、同被告人等の右行為は形式的には人体に対する有形力の行使として暴行々為に該当すると解すべきであるが、当時の税務署と全国税労組との関係、即ち前記認定のように、当時全国税労働組合が人事院から登録を拒否され、国税庁当局がこれを理由に一切の団体交渉に応じないという態度を堅持していた事情を合せ考えると、被告人等が前記の如く、此の機会を逸すれば、更に交渉の機会を持ち得るか否かに不安を持つたことも了とせねばならず、従つてかゝる状況からみれば、被告人等の右行為(十分乃至十五分間の行為である)は此花税務署長と組合側とが一旦始まりかけた前記団体交渉を続けるに必要な行為として、即ち労働法上団体交渉を進める方法として許された範囲内の行為と解するのが相当である。(中略)

ゆえに、この点に関する弁護人の主張のとおり、右行為は正当な行為であり、犯罪を構成しないと解するのが相当である。

(2) (三)の事実(公訴事実第二、三の事実)について、

前記認定の事実によれば、此花税務署一階会議室で一回、裏庭で二回退去要求がなされたのであるが、会議室で退去要求がなされた後、阿万署長退出の後を追つて組合員、商工会員等は、その要求に従い会議室から裏庭に出ているので、退去を求められた後相当の時間内に退去したものと認めて良く、問題はその後同署裏庭にいることが同署建物管理権者の意思に反したものとして不退去罪を構成するか否かである。

本来税務署の如き公共建造物における不退去罪にあつては、その建物内に入つた場合は勿論のこと、単に建物外の敷地に居る場合にも、これから退去を求めこれに応じないとして不退去罪を構成するというには、その退去を求めるに必要な正当な事由のある場合に限るものと解するのが相当である。ところで本件の場合、此花税務署一階会議室から同署裏庭に出た労組員、商工会員等は、同所で単に屯して労働歌を合唱していたにすぎず、その他特に右歌声が大きく、あるいは罵声等で喧噪をきわめ此花税務署の執務に支障をきたしたと認めるに足る証拠はなく、また、暴力事犯が発生したというわけでもないし、更に不法な目的で同所に集合していたような状況にもなく、その間に代表を選び、事態収拾として署側と話合つているような状態にあつた点を考えると、建物管理権者である署長としては、主観的に同人の意思に反したとしても、客観的にみて、裏庭に屯していた組合員等にその退去を求める正当な事由がある場合ということはできないと解するのが相当である。(会議室内での退去要求は、その直後、全員が裏庭に出ているのであるから、すでに組合員等はその退去の要求に応じたことになり、その退去要求の効力は失われたということができる。)

そうだとすれば、裏庭での退去要求は、法的には無意味なものであり、被告人大石、同河野、同松井、同塩田が右退去要求に従つて裏庭から門外に退去しなかつたからといつて不退去罪を構成するものではないと解するのが相当であり、他に本件全証拠を検討するも右被告人等について不退去罪を構成すると認めるに足る証拠はない。

(3) (省略)

三、以上のように、本件此花税務署事件関係については、弁護人の主張するとおり、いずれも犯罪の証明がなかつたことに帰するから、刑事訴訟法第三三六条により、主文のとおり無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 田中勇雄 田畑豊 曽原秀尚)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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